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あさのかぜ

朝の風

宮本 百合子

「日本評論」1940(昭和15)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,605 字 · 31 页

青空文庫

風雨にさらされつくしたせいだろう。晴れている日の遠目にも、それ等の家々の黒い色に変りがない。原っぱの果のそういう二階家の一つで、何のはずみか表から裏まで開けっ放しになったりしていると、黒い四角い生活の切り穴のようなそこから樹の一本もない裏っ側の空までが素どおしに見えて、そこにある空虚の感が眺める人の心に沁みこんだ。

原一帯に木がないかわり、左手の端れに桜の老樹が幾株か並木のようにあって、大きくひろがった梢の枝に花が咲き開くと、そちらは東だから朝日をうけた満開の様子が何とも云えず新鮮であった。そしてその桜の色が美しく瑞々しければ瑞々しいほど、その奥のあぶなっかしい長屋の黒さが鋭い対照をなして浮立って来て、そこには油絵具でなければうつせないような濃い人の心をうつ荒廃の美があった。何千坪あるのか、その原っぱに大体こういうようにして均衡が破れているために却って変に印象的になって景色がはまっているのであった。

よくあるとおり、この原っぱを歩道から仕切っている針金の垣根にも、既にいくつかの破れがあった。そこから草の間を縫って、いつの間にやら踏みつけられた小道がある。