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このはやまめ
木の葉山女魚
佐藤 垢石
「釣趣戯書」三省堂、1942(昭和17)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,172 字 · 3 页
奥山へは、秋の訪れが早い。
都会では、セルの単衣の肌ざわりに、爽涼を楽しむというのに、山の村では、稗を刈り粟の庭仕事も次第に忙しくなってくる。栗拾いの子供らが、分け行く山路の草には、もう水霜が降りて竜胆の葉がうなだれる。
渓流の波頭に騒ぐ北風も、一日ごとに荒らだってくる。そして波間に漂う落葉の色を見ると、奥の嶺々を飾っていた紅葉は、そろそろ散り始めて山肌をあらわに薄寒く、隣の谷まで忍び寄ってきた冬に慄いているさまが想えるのである。
そのころ、澄んだ渓水の中層を落葉に絡まりながら下流へ下流へと落ちていく魚がある。これを木の葉山女魚という。
木の葉山女魚の姿を見ると、しみじみと秋のさびしさが身に沁みる。人間の、孤独さを想わないではいられない。
春さき、川の水が温まってくると、中流に遊んでいた山女魚は上流へ上流へと遡り、夏には冷徹な渓水に棲みついてしまう。九月末から十月になれば、親の山女魚は、浅い流れの小石の間に堀をほって卵を産みつけるのである。性の使命を終えた親の山女魚は、まことに気の毒な姿になる。体色は真っ黒に変わり、痩せ衰えて岩の陰にかがんでしまう。