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きそおんたけのりょうめん

木曽御嶽の両面

吉江 喬松

「太陽」博文館、1908(明治41)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,819 字 · 32 页

青空文庫

細い径をすれ違おうとするので、

「ちょっと伺います、西洞までは未だ何里ありましょうか。」と丁寧に訊くと、ちょっと立留ったがそのまま棒立ちになって、一行には目もくれず、何処か遠くの方を見入って、聞耳でも立てているという風で、顔の色は蒼黒く、耳が不思議に大きい。「そう、五里位はあろうかな。」と吠えるような、木の洞の中から出て来るような声でいう。「五里?」驚いた。前の湯では四里と聞かされたのが、二里も来たかと思うのになお五里だという。林務官は言い捨てたままずんずん行ってしまう。後からは筒袖を着て、背板というのを背負った男が附いて行く、すぐ草の中へその後姿は没してしまった。――山や谷はこの時一層音高く鳴り出した。「妙だね。」と何人か言い出した。

「何だか変だね。」

「ほんとの人間かしら。」同じような感じは皆の胸を走った。皆は振返って今行った人たちの後を見ずには得られなかった。

遂に雨となった。

深山の雨、幾千年となく斧の入った事のない深林の雨だ。始めは繋り合う木の葉に遮ぎられているが、次第次第に烈しく落ちて、枝がぬれ、幹がぬれ、草がぬれ、自分らの纏っている糸径がぬれ、果ては衣服にも沁み透る。