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みらいのてんさい

未来の天才

豊島 与志雄

「人間 第三卷七月號」人間社出版部、1921(大正10)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,630 字 · 38 页

青空文庫

私には凡てが喜びに躍ってるように感ぜられた。

電車は非常に込んでいた。然しそんなことはどうでもよかった。ただ皆が変に不興な顔付をしているのが、私には不思議に思われた。なぜみんな晴々とした表情をしないんだろう。世の中は楽しいのだ! 一日の労苦は一日にして足りるのだ! 私はうち解けた親しげな眼で、周囲の人々を見廻した。私のすぐ前に居た会社員らしい男は、私から余り屡々見られるせいか、くるりと向うを向いてしまった。嫌な奴だと私は思った。

私達は先ず天賞堂へ行った。眼のよく動く悧発そうな番頭が出て来たので、私はいい気持ちになった。彫刻が最も簡素で珠が至極いいという真珠入り金指輪を一つ買った。私はまた洋封筒を取出さなければならなかった。然し此度は少しも極り悪くなかった。わざわざ封筒を番頭の前につきつけて紙幣を引出した。番頭が二三度眼を瞬いたので、私は愉快になった。

それから白木へ行って、大島絣の普通のを一反買った。柄は河野が見立ててくれた。

指輪の箱を懐の中に押え、反物の包みを手に下げて、ぶらぶら銀座通りを歩いてると、私は何物にでもぶつかっていってやりたいような力強い喜びを感じた。