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みらいのてんさい

未来の天才

豊島 与志雄

「人間 第三卷七月號」人間社出版部、1921(大正10)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,630 字 · 38 页

青空文庫

私は可笑しくなったのをごまかすために頭を掻いた。

「今日は変ですよ、あなたは。」と云いながらお上さんは机の方へ寄ってきた。「あら、絵具を沢山……。分った、それで嬉しがっていらっしゃるのね、子供みたいに!」

私はにこにこしながら云った。

「今に額縁を一つ届けてくる筈ですから、受取っといて下さい。」

「はい。何か大きい絵でもお描きなさるんですか。」

私はただ笑顔で答えた。静子の肖像を描き上げたら、お上さんはどんなに喫驚するだろう! そして……。

その時、私は俄に後ろへ引戻されるような心地がした。彼女が果して私のためにポーズしてくれるだろうか? それを彼女の父親は許してくれるだろうか?

私は自分の迂濶さに我ながら呆れてしまった。絵具やカンヴァスや額縁までも取揃えながら、そして頭の中で彼女の肖像を既に描きながら、まだ一度も、彼女がポーズしてくれるかどうかを考え及ぼさなかったのである。実際私はどうかしていた。こんな筈ではなかったのである。

私はお上さんに交渉して貰おうかと思ったが、それでは却ってぶち壊しになりそうだった。と云って、自分で交渉に行く訳にもいかなかった。