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ほんぽうしょうぞうちょうこくぎほうのすいい

本邦肖像彫刻技法の推移

高村 光太郎

「道統 第四巻第十号」1941(昭和16)年11月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,058 字 · 10 页

青空文庫

わが国古来の彫刻といえば殆ど皆仏像である。記紀上代の神々の豊富な物語はまるで彫刻の対象とならなかった。藤原期に及んで神像というものが相当に作られたが遂に大勢を成すに至らなかった。(大黒天は大己貴命だと世上でいうのは俗説である。)この点、オリムポスの神々がギリシヤ彫刻に豊饒な人間的資材を提供していた西欧の事情とは大に違う。仏像は仏典によって指示せられた超人間的霊体の顕現であるから、その第一の条件として人間臭さから超脱していなければならぬ。性の観念を断絶した中性としてすべて扱われた。インドに於いては大自在天は男性の中の男性で、その精舎の中には常に天根を祀っていたほどであるが、支那を経て日本に渡来した仏教、日本民族によって敬虔に受け入れられた仏教には既にそういう観念がきれいに浄められていて、日本独自の清浄性が逆に仏教をもその清らかな面に於いてのみ許したのである。インドに於いては釈迦は一個の人格でもあったのであるが、日本に於いては釈迦牟尼は絶対に仏であって人格ではなかった。ましてその教義の中にあらわれる諸仏諸菩薩諸天の類は、人間の形態を仮りてこそ居れ、悉く或る抽象観念の具現に外ならなかった。