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まつばやしへんや

松林蝙也

山本 周五郎

「キング」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,092 字 · 25 页

青空文庫

一

一

松林蝙也、通称を左馬助という。天保版の武道流祖録によると、

「常陸鹿島の人なり。十四歳より剣術を好み、長ずるに及んで練習ますます精しくその妙を得。伊奈半十郎忠治に仕えて武州赤山におり、願流を作立す。のち、伊達少将忠宗に事え、薙髪して蝙也と号す」とある。誰について学んだかということは伝わっていないが、その術の精妙なことは驚異に価したらしい、ことに身体動作の軽捷さは神業のごとくで、慶安四年三月二十五日、将軍家光の上覧試合に阿部道世入道と立合った時などは、跳躍するたびにその衣服の裾が軒庇を払ったと伝えられている、蝙也の号もその辺に由来するらしい。

伊達忠宗が蝙也を召抱えるおりに、伊奈半十郎を通じて三百石と申出たところ、

「千石ならばお仕え致しましょう」

と云った。まだ寛永年代のことではあったが、単に兵法家というだけで新知千石を求めるのは相当なものである。しかし忠宗は、

「よろしい、すぐという訳にはゆかないが、いずれ機をみて千石与えよう」

と承諾した。蝙也がありふれた剣客でなかったことは、この一事でも分るだろう。

蝙也はまた奇妙に婦人のあいだに人気があった。