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りんご

林檎

豊島 与志雄

「女性」1924(大正13)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,752 字 · 24 页

青空文庫

今もなお棒のように坐り続けながら、ただ独り笑いをしている。

私は斜め正面からそっと、彼の様子を窺った。夜気に冷えた窓硝子がぼーっと曇りを帯びるほど、車室内の空気は温まっているのに、彼は黒羅紗のマントに固く身を包んで、二人分の座席の真中に、棒のように真直に坐っていた。鼻が高く細面で、美男の部類にはいる相貌だったが、長い髪の毛の少し垂れかかってる額や、痩せた肉の薄い頬などは、皮膚に色艶がなくてだだ白かった。その皮膚の感じが眼にもあった。仄白い膜の――曇りのかかってる、凄くはないが気味の悪い眼付だった。彼はその眼付を斜め向うに据えて、物の匂を嚊ぐかのように小鼻をふくらませながら、にこにこと薄ら笑いをしていた。

その様子を見てるうちに、私は変な気持になって、今眼覚めたような風を装いながら、頭をもたげ身を起して、彼の視線の方向を辿ってみた。すると其処には、通路を挾んだ一つ後ろの座席に、腰掛の背にもたれて眠っている女の膝を枕にして、五六歳の少女が眠っていた。髪の毛の多い、頬のふっくらとした、一寸可愛い子供だった。

元来子供を余り好かない私は、期待外れの馬鹿馬鹿しい気持になったが、そのために眠気を取失ってしまって、仕方なしに煙草に火をつけた。