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かれぎくのかげ
枯菊の影
寺田 寅彦
「ホトトギス 第十巻第五号」1907(明治40)年2月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,543 字 · 14 页
悶え苦しさに覚えず唸り声を出すと、妻は驚いてさし覗いたが急いで勝手の方へ行って氷を取りかえて来た。一時に氷が増してよく冷えると見えて、少し心が落付いたが、次第に昇る熱のために、纏まった意識の力は弱くなり、それにつれて恐ろしい熱病の幻像はもう眼の前に押寄せて来る。いつの間にか自分と云うものが二人に別れる。二人ではあるがどちらも自分である。元来一つであるべきものが無理に二つに引きわけられ、それが一緒になろう/\と悶え苦しむようでもあり、また別れよう/\とするのを恐ろしい力で一つにしよう/\と責め付けられるようでもある。その苦しみはとても名状が出来ぬ。やっとその始末が付いたと思うと今度は手とも足とも胸とも云わず、綿のように柔らかい、しかも鉛のように重いもので、しっかり抑え付けられる。藻掻きたくても体は一寸も動かぬ。そのうちに自分のからだは深い深い地の底へ静かに何処までもと運ばれて行く。もう苦しくはないが、ただ非常に心細い。いつの間にか暗い何もない穴のような処へ来ている。自分の外には何物もない。何の物音も聞えぬ。耳に響くはただ身を焼く熱に湧く血の音と、せわしい自分の呼吸のみである。