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そめきちのしゅぼん
染吉の朱盆
国枝 史郎
「サンデー毎日」1927(昭和2)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,824 字 · 35 页
ところが一軒だけ屋敷があった。
黒板塀、忍び返し、昔はさぞかしと思われるような寮構えだが大きな屋敷だ。無住で手入れが届かないと見え、随分あちこち破損している、植込などは荒れている。屋敷の周囲には雑草が生え冬だから狐色に枯れている。うっかり歩くと足にからむ。三尺ももっとも丈延びている。
これが名高いお縫様屋敷だ。
そこへやって来た男がある。他ならぬ岡引の岡八だ。
星空の下に佇んで、見上げ見下ろしたものである。
それから忍びやかに動き廻った。
岡引の探偵法、今も昔も大差ない。塀へ横ッ面をおっ付けたのは、家内の様子を窺ったのである。地面を克明に探がしたのは、人が歩いたか歩かなかったか、そいつを調べたに相違ない。三度ばかり屋敷をグルグルと廻わった。忍び込む口を目付けたのだろう。
屋敷へ背を向けてヒョイとかがんだ。はてな? 何をする気だろう? 一ツポツリ赤いものが見えた。何ん点だ、つまらない、たばこの火だ。
「界隈の奴等は馬鹿揃いだなあ。何んのこいつが無住なものか、人間二十人も住んでいらあ」岡八呟いたものである。「全く御時世は、なげかわしいよ。こんな大変な悪党どもが、こんなにも一所に集まって、大それたことをしているのに、盲目同様気がつかないんだからなあ」