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ざくろ
柘榴
山本 周五郎
「サン写真新聞」サン写真新聞社、1948(昭和23)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,342 字 · 25 页
伊助はほとんど声にならない喉声で、眉をしかめながらこう囁いた。「年を取ったのですな。足を滑らせまして、……ばかな事です」
真沙は伊助の肩へ手を掛けた。そしてじっとその眼をみつめながら云った。
「本当のことを云って下さい。――あなた昌蔵どのではございませんか、あなたは松室昌蔵どのではございませんか」
伊助は口をあき眼を瞠った。その大きくみひらかれた眼を、光りのようにすばやく、なにかのはしるのが感じられた。真沙は両手で彼の肩を掴み、顔と顔を重ねるようにして呼びかけた。
「仰言って下さい。傷は重うございます。これが最期になるかも知れません。本当のことをひと言だけ聞かせて下さいまし。あなたは真沙の良人でございましょう――」
伊助はじっとこちらを見た。黙って、かなりながいこと真沙の眼を見上げていたが、やがて静かに頭を左右へ振った。そして、ごく微かな、殆んど聞きとれないような声で、「いい余生を送らせて貰いました」と囁いた。
後の月の招宴はとりやめにした。伊助のなきがらを埋めた庭の隅の、灌木に囲まれた日溜りに、よく鵯が来ては鳴いていたが、間もなく雪が来て凡てを白く掩い隠してしまった。