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さくらじま
桜島・日の果て・幻化
梅崎 春生
梅崎春生『桜島・日の果て・幻化』。同一底本的分册已合并为一书。收入:桜島、日の果て、幻化、風宴。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 169,810 字 · 345 页
おそらく子供の時だろう。少年の時にこんな風景の中を通り、何かの理由で感動した。五郎の故郷には、これに似た地形がいくつかある。その体験がよみがえったのだと、恍惚がおさまって彼は考えたのだが――
「そうじゃない。ここだったのだ」
五郎は海に面した路肩に腰をおろし、紙コップに酒を充たした。信州の場合とくらべると、山と谷底の関係は逆になっている。それは当然なのだ。二十年前の夏、五郎は坊津を出発して、枕崎へ歩いた。枕崎から坊津行きでは、風景が逆になる。五郎は紙コップの酒を一口含んだ。
「ああ。あの時は嬉しかったなあ。あらゆるものから解放されて、この峠にさしかかった時は、気が遠くなるようだった」
その頃もバスはあったが、木炭燃料の不足のために、日に一度か二度しか往復していなかった。坊津の海軍基地が解散したのは、八月二十日頃かと思う。五郎はまだ二十五歳。体力も気力も充実していた。重い衣嚢をかついで、この峠にたどりついた時、海が一面にひらけ、真昼の陽にきらきらと光り、遠くに竹島、硫黄島、黒島がかすんで見えた。体が無限にふくれ上って行くような解放が、初めて実感として彼にやって来たのだ。