轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

うめづしえんおうでん

梅津只円翁伝

杉山 萠円

「福岡日日新聞」1934(昭和9)年4月14日~5月31日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,582 字 · 130 页

青空文庫

国のため捨つるこの身は富士の根の富士の根の雪にかばねを埋むとも何か恨みむ今はただ。我父母に背く科。思えば憂しや我ながら。いずれの時かなだむべきいずれの時かなだむべき」

この戯謡の文句を見ると野中到氏は両親の諫止をも聴かず、富士山頂測候所設立の壮挙を企てたものらしい。そうして只圓翁の凜烈の気象は暗にこれに賛助した事になるので、翁の愛嬢で絶世の美人といわれた到氏夫人千代子女史が、夫君の後を趁うて雪中を富士山頂に到り夫君と共に越冬し、満天下の男女を後に撞着せしめた事実も、さもこそとうなずかれる節があるやに察せられる。

◇

翁は家のまわりをよく掃除した。畑を作って野菜を仕立てた。

畑は舞台の橋がかり裏の茶の畝と梅と柿とハタン杏の間に挟まった数十坪であった。手拭の折ったのを茶人みたように禿頭に載せたり浅い姉さん冠り式にしたりして、草をったり落葉を掻いたりした。熊手を振りまわして、そんなものを掻き集めて畑の片隅で焼肥を焼いている事もあった。大抵素跣足で尻をからげていた。

毛虫と蛙はさほどでもなかったが、蛇を見付けると、

「おおおお。喰付くぞ喰付くぞ。