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うめづしえんおうでん

梅津只円翁伝

杉山 萠円

「福岡日日新聞」1934(昭和9)年4月14日~5月31日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,582 字 · 130 页

青空文庫

まだこの他に遺漏忘失が多数ある事と思う。氏名なども間違っている人があるかも知れないが筆者の記憶の粗漏として諒恕御訂正を仰ぎたい。

その生存している僅かな人々と相会して翁の旧事を語ると誠に感慨無量なものがある。

翁の一生涯は極めて、つつしまやかな単純なものであった。

維新後、西洋崇拝の弊風が天下を吹きめぐって我国固有の美風良俗が地を払って行く中に毅然として能楽の師家たる職分を守り、生涯を貫いて倦まず。悔いず。死期の数刻前までも本分の指導啓発を念としつつ息を引取った……というだけの生涯であった。翁はその九十幾年の長生涯を一貫して、全然、実社会と無関係な仕事に捧げ終った。名聞を求めず。栄達を願わず。米塩をかえりみずして、ただ自分自身の芸道の切瑳琢磨と、子弟の鞭撻に精進した……という、ただそれだけの人物であった。

もしも、それが聊かでも実社会に関係のある仕事であったならば……又は同じ芸術でも、絵画とか、文章とか、劇とか、音曲とか多少世俗に受け入れられ易い仕事に関係していられたならば……そうしてあれだけの精彩努力を傾注されたならば、翁は優に一代の偉人、豪傑もしくは末世の聖賢として名を青史に垂れていたであろう。