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うめづしえんおうでん

梅津只円翁伝

杉山 萠円

「福岡日日新聞」1934(昭和9)年4月14日~5月31日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,582 字 · 130 页

青空文庫

▼明治六年(五十七歳)望月

▼同 七年(五十八歳)正尊、景清

▼同十一年(六十二歳)卒都婆小町

▼同十三年(六十四歳)石橋(前記)

▼同十四年(六十五歳)赤頭道成寺、定家

この明治十四年の「定家」披露後は明治二十五年まで(翁六十五歳より七十六歳に到る)格別の事もなかったらしい。何等の記録も残っていないが、しかもこの十年ばかりの間こそ、翁が芸道保存のために最惨澹たる苦楚を嘗めた時代で、同時に翁の真面目が最もよく発揮された時代であった。

明治十四年から同二十五年の間といえば、維新後滔天の勢を以て日本に流れ込んで来た西洋文化の洪水が急転直下の急潮を渦巻かせている時代であった。人間の魂までも舶来でなければ通用しなくなっていた時代であった。

人々は吾国固有の美風である神仏の崇拝、父母師友の恩義を忘れて個人主義、唯物主義的な権利義務の思想に走ること行燈とラムプを取換えるが如く、琴、三味線、長唄、浄瑠璃を蹴飛ばしてピアノ、バイオリン、風琴、オルガンを珍重すること傘を洋傘に見換える如くであった。朝野の顕官は鹿鳴館に集まって屈辱ダンスの稽古に夢中になり、洋行帰りの尊敬される事神様の如く、怪しげな洋服、ステッキ、金時計が紳士の資格として紋付袴以上の尊敬と信用を払われた事は無論であった。