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うめづしえんおうでん

梅津只円翁伝

杉山 萠円

「福岡日日新聞」1934(昭和9)年4月14日~5月31日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,582 字 · 130 页

青空文庫

一人も稽古人が来なくなっても構わない勢いで残忍、酷忍、酷烈なタタキ込み方をした。むろん御機嫌を取って弟子を殖やそうなぞいう気は毛頭なかったので、現今のような幇間式お稽古の流行時代だったら瞬く間に翁の門下は絶滅していたであろう。

翁のこうした稽古振の裡面には、よしや日本中の能楽が滅亡するとも、自分の信ずる能楽の格だけは断じて崩すまい。その精神で上は神明に仕え下は自己の修養に資しようという無敵、潔白の自負と、いい加減な弟子を後世に残して流風を堕落させては師匠の相伝に対して相済まぬ。それよりも自分の門下を絶った方が正しいという非常時的な大決心が一貫していた事が、明らかに認められる。

能楽は平時の武士道の精華である。舞台はその戦場である。だから稽古は生命を棄てて芸道に生きる方便である。すなわち「捨身成仏」が芸道の根本精神でなければならぬ……というのが翁自身のモットーであり、数々の訓戒に含まれている不言不語の点睛であったらしい。次のような逸話の数々が残っている。

◇

翁は初心者が復習する事を禁じた。新しい小謡を習った青少年達が帰りがけに翁の表門を出ると、直ぐに大きな声で嬉しそうに連吟して行くのを聞き付けた翁は、その次の稽古日に必ず訓戒した。