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うめづしえんおうでん

梅津只円翁伝

杉山 萠円

「福岡日日新聞」1934(昭和9)年4月14日~5月31日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,582 字 · 130 页

青空文庫

氏は、正直一途な性格で、あんまり翁から叱られて、真剣になり過ぎたらしく「虚眼」というのになってしまった。虚眼というのは、お能一番初まってから終るまで一時間か二時間の間、瞬きを一つもしないことで、昌吉氏が真白くクワッと眼を見開いて舞台の空間を凝視したままでいるのが、矢張り只圓翁門下一統の名物のようになっていた。

「昌吉は、あんまり一生懸命になり過ぎたんですね。あんなにしていると肝腎の眼が死んでしまいます。あんなのを虚眼と云ってね。時々ありますよ」

と現六平太先生が評された。

只圓翁は一生懸命になり過ぎる分ならイクラなり過ぎようとも、出来損っても咎めなかったので、昌吉氏の虚眼もお咎めを免れたものと思う。

◇

これに引続いた話であるが、前記河原田平助氏の櫛田神社に於ける還暦祝賀能に「大仏供養」が出た。シテの景清が梅津利彦氏で、ワキの畠山重忠が前記梅津昌吉氏であった。

その頃互いに二十代であった両氏の意気組は非常なもので稽古もずいぶん猛烈であったが、サテ能の当日になると文字通り焦げ附くような暑さであった。それに装束を着けて舞うのだから大変で、