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つばきのはなのあか

椿の花の赤

豊島 与志雄

「公論」1940(昭和15)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,755 字 · 22 页

青空文庫

暫くたってから、李が笑い出したのにつれて他の人々も笑いだし、煉瓦を片附け、壊れた人形を拾って塵箱に捨てた。

それだけならただ笑い話だが、その日の午後、正枝の室から人形が紛失した。独り者の年増婦人の室によくあるように、正枝の室にも、裾を引いた美しい衣裳を重ね着してる大きな童女の人形が、硝子箱に納まって、床の片隅に置いてあった。その大事な人形が、箱からぬけ出して消えてしまったのである。これには正枝は、赤ん坊の死体などのことよりも騒ぎたて、真赤になってアパート中をかき廻した。

そのことを聞いて、李が正枝に詫びた。庭の裸人形の件は、全く李の悪戯で、知人の家の大掃除の手伝いの折、がらくた物の中から右の古人形を見つけ、水で洗ってきれいにし、正枝をおどかすつもりで狂言をやったのだった。然し、正枝の室の立派な人形のことなんか全然思ってもみなかったし、まして盗み心なんか起しもしなかった。

「悪戯のことはお詫びします。けれど、おばさんの人形を盗んだのは僕でありません。疑をかけられたら、僕は生きておられません。腹を切って死にます。」

李が真剣にそう云うのへ、正枝はやさしい笑顔で報いた。