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くし
櫛
小川 未明
「文章世界」1908(明治41)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,337 字 · 3 页
何れも虫が食ってしまったらしい。口中は暗い洞である。女は立止って、家の前にある一本のただ白く咲いた柿の木を見上げていた。すると其処へお島の男の児が駆けて来た。
「これ、おばさんのでなくて、往来に落ちていたよ。」といって、一枚の黄楊の櫛を鍋被の女の手に渡すと、後も振向かずに一目散に逃げるように駆け出した。
「えッ。」と老女は鯰のような目を見張って、子供の駆けて行く後姿を睨んだ。
「櫛! 櫛!」といって唾を吐くと、暗い口を開けて、眼が異様に光った。手早にその黄櫛を西隣の家の方へ投げ捨てて、
「あくむちゃく……うい、うい。」と同じい呪文を三度唱えて、また唾を西に向けてペッペッと吐いた。
「お島の阿魔め、悪戯をさせやがって、覚えていろ。」
といって、黒鍋を被ったような頭を振って、戸を閉めて入ってしまった。暗い空に、湿っぽい風が吹いて、彼方でがあがあと烏が啼いた。