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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 117,781 字 · 235 页

青空文庫

だが、ほんの五六日も仂いているうちに、彼はもう絶望に似たものを感じはじめた。というのは、売場の酒は、特上、上、中、下と、四階段にもわけてあるのに、もとになる酒はほんの一種で、ただ水の割りかたをちがえてあるばかりだったし、それに、そのもとになる酒というのが、必ずしも一定した酒ではなく、始終銘が変っている、ということを発見したからである。彼は、それでも、最初それを知った時には、酒というものはそんなものかしら、とも思い、そっと仙吉にたずねてみたのだった。すると仙吉は、にやにや笑いながら、

「以前にはこんなことはなかったんですよ。何しろこの頃のように仕入れがうまく行かなくなっちゃ、こうでもするより仕方がないでしょう。」

そしていかにも皮肉な調子で、

「しかし、酒の味のわからない家では、今でも買いに来てくれるんですから、ありがたいものですよ。」

次郎は、そうきくと顔から火の出るような気持だった。そして、もうそれで何もかも見透しがついたように思い、仂く元気もなくなったのであるが、さればといって、僅か五六日でよしてしまう気にもなれず、朝倉先生に話してみたらどう言われるだろうか、とか、正木や大巻ではもう知っているだろうか、とか、いろんなことを考えながら、相変らず手伝うことだけはやめずにいた。