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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 117,781 字 · 235 页

青空文庫

「さあ。」

と、大沢は、せまい空を仰いだが、二つ三つ淡い星が見えただけで、方角の見当は彼にもまるでつかなかった。

「とにかく、上流に向かっていることだけは、間違いないよ。」

彼は、のんきそうにそう言ってから、すぐ、どら声で校歌をうたい出した。すると山彦が方々からきこえ、急に賑やかになったようでもあり、かえって物すごいようにも感じられた。

「本田、歌えっ。次郎君も歌えよ。」

校歌の一節を一人で歌い終ると、彼はどなった。次郎は、しかし、歌う代りに、急に立ちどまって叫んだ。

「ああっ、見つかった、見つかった。……ほら。」

路は、その時、川から二三町ほど遠ざかっていたが、路と川との間には刈田がめずらしく段々になってひらけており、そのずっと向こうの、次郎が指ざした山の根には、小さな藁屋根が一つ、夕闇の中にぼんやりと見えていたのである。

「あれ、家かな。」

と、大沢も立ちどまって、じっとその方を見ていが、

「人の住む家にしちゃ小さいぞ。それに燈もついていない。」

「僕、行ってみましょうか。」

次郎はもう路をおりかけた。

「よせ、よせ。」

と、大沢は、いったんとめたが、

「そうだなあ、いよいよ家がこの近くに見つからなかったら、肥料小舎でも何でもいいから、そこに泊ることにしよう。