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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 117,781 字 · 235 页

青空文庫

しかし、こうなると、もう解決どころのさわぎではなく、自分の立場までがどうやらあやしくなって来た。浅い良心で、お座なりの形式をふんで行くことを健全な教育法だと心得がちな、温良型の先生がよく味わう悲哀なのである。

「本田!」

と、先生の温良な声は、もうすっかり悲痛な調子に変っていた。

「先生が、これほど事をわけて話しているのに、なぜ返事をしないんだ。」

次郎は、しかし、その程度の悲痛さに動かされるほど、単純な生徒ではなかった。彼は依然として先生を見つめたまま沈默を守っている。

「じゃあ、私はもう知らんぞ。生徒監室に引渡すが、それでいいのか。」

先生は、早くもその取っときの奥の手を出すことを余儀なくされた。次郎は、それで、やっと口をきくにはきいたが、その答えは、先生の予期に反して、あまりにも簡単明瞭だった。

「いいです。」

これは、しかし、彼のやけくそから出た青葉でもなく、さればといって、朝倉先生に一刻も早く会いたいための言葉でもなかった。彼は、実際、生徒監室がどんなところか、そしてそこにはどんな先生がいるのか、上級生たちが知っているほど、くわしく知っていたわけではなかったのである。