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まさおかしきくん

正岡子規君

伊藤 左千夫

「日本」日本新聞社、1902(明治35)年9月27日、10月3日、10月4日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,058 字 · 9 页

青空文庫

先生が理性の強かったことはこの一言で分る。そんな訳であるから、遠くに先生を敬慕した人はもちろん非常に多かったに相違ないが、近づいて親密にした人は割合にすくない。それには病気や何かでいろいろな事情もあったろうが、非常に理性に勝れたせいではあるまいか。しかし前にも云うた通り情的方面も尋常ではあったのである。決して無情酷薄な人ではなかった。もっとも人物評や作物評には、精察で峻励という常筆法でやられたゆえ、往々酷に過ぎるなきやと思われた事もないではなかったが、無情は有情の極ということもあるから、こういうことは酷と思う方が無理であろう。

世間の普通からいうと理性の著しくまさった人は情に薄いのが当り前であるのに、一人先生は普通以上であるという証拠として、長塚節が出てきた次第じゃ。赤の他人であって親の様に思われ子の様に愛するということは、無情な人の夢にも知ったことではない、先生と長塚との間柄は親子としてはあまりに理想的で、師弟としてはあまりに情的である、ゆえに予はこれを理想的愛子と名附けた。

節が始めて先生に逢うたのは明治三十二年の初夏、根岸庵の杉屏の若芽がふいた頃である。