轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

むさしの

武蔵野

山田 美妙

「読売新聞」1887(明治20)年11~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,798 字 · 26 页

青空文庫

「夜も更けた。さらばおれはこれから看経しょうぞ。和女は思いのまにまに寝ねよ」

忍藻がうなずいて礼をしたので母もそれから座を立って縁側伝いに奥の一間へようよう行ッた。跡に忍藻はただ一人起ッて行く母の後影を眺めていたが、しばらくして、こらえこらえた溜息の堰が一度に切れた。

話の間だがちょッとここで忍藻の性質や身の上がやや詳細に述べられなくてはならない。実に忍藻はこの老女の実子で、父親は秩父民部とて前回武蔵野を旅行していた旅人の中の年を取った方だ。そして旅人の若い方はすなわち世良田三郎で、母親の話でも大抵わかるが、忍藻にはすなわち夫だ。

この三郎の父親は新田義貞の馬の口取りで藤島の合戦の時主君とともに戦死をしてしまい、跡にはその時二歳になる孤子の三郎が残っていたので民部もそれを見て不愍に思い、引き取って育てる内に二年の後忍藻が生まれた。ところが三郎は成長するに従って武術にも長けて来て、なかなか見どころのある若者となったので養父母も大きに悦び、そこでそれをついに娘の聟にした。

その時三郎は十九で忍藻は十七であった。今から見ればあまりな早婚だけれど、昔はそのようなことにはすこしも構わなかった。