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しね!

死ね!

豊島 与志雄

「文芸」1934(昭和9)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,979 字 · 18 页

青空文庫

茲に断るまでもなく、彼は文学者だった。文学者というものは、本当の仕事とかつまらぬ仕事とか区別をつけたがる。然しその区別は、ただ主観的なもので、恐らく神にだって分るまい。だから、本当の仕事がしたいというのは、実のところ、真剣に働きたいということに過ぎないかも知れない。

負債に煩わされて真剣に働くことが出来ないとすれば、そしてそのごたごたした負債を整理することも出来ない世の中だとすれば、死んだ方がいいだろう、という風に、いつ死んでもいいという彼の気持は、死のうかなあという動きに変った。

「そこで千代子にそう云うと……。」と彼は私に話し続けるのだ。

千代子というのが彼の愛人なのである。愛人という言葉は少し変だが、実を云えば、彼と惚れ合ってる芸者の本名なのである。

「もうとてもいかんよ。僕は死のうかと思ってる。」と彼は微笑しながら云った。すると彼女は、別段驚きもせず、彼にいらえてやはり微笑している。あと一週間か十日だよ、と彼が云うと、彼女は答えた。

「ではあたしも、それまでに用意しておくわ。」

簡単至極である。その時彼女は電気スタンドの紐をいじくっていたが、ふいに、ぽつりと一粒の涙を眼に浮べて、それをまぎらすように、また微笑してみせた。