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しのよこく
死の予告
野村 胡堂
「文芸倶楽部」1929(昭和4)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,149 字 · 34 页
あとで、千種さんもかいで置くといいな――杏の匂いがしませんか、巴丹杏や、杏仁水などと同じような酸味のある匂いです」
切手入れの古雅な塗物の中に、「足の勇」が言う通り、ほのかに、杏の香いが籠って居るような気がいたします。
「青酸だ!」
「そうだ、千種さんは気が付いたか。伯爵を狙う者は、誰だかわからないが、兎に角、伯爵の書斎に忍び込んで、切手入れの中の切手全部の裏へ、青酸を塗って置いたのだ。ところが、伯爵は切手の裏を舐めるような下品なことはされないから、何時まで経っても御無事だ――がその日の朝、たまたま用事があって此書斎へ入って来た書生が、卓の抽斗が開いて居て、中の切手箱が見えるから、下司の浅ましさで、ツイ一枚切手をくすねる気になった――昨夜の中に書いて、封をして出すばかりになって居る手紙を、懐から取り出して、左の手に持った――右手で抽斗の中の切手箱から、切手を一枚取出し、その裏を舐めて手紙へ貼った――切手の裏には猛毒薬青酸が塗ってあるから、アッと言う間もなく死んで了ったのでしょう。世の中に血の通って居る人間に取って、青酸ほど恐ろしい毒薬は無い。ある法医学博士は、青酸を舐めるのは、沸り返って居るボイラーへ水をぶっかけるようなものだ。