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しのぜんご

死の前後

豊島 与志雄

「経済往来」1933(昭和8)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,273 字 · 35 页

青空文庫

」

坪井のことだと分ると、蔦子は返事に迷った。おしげが真剣なだけに、嘘は云えなかった。考え考え答えた。決して悪い人ではないこと、けれど、初めから好きでも嫌いでもないこと、ここで切れようと思えばお互にどうにでもなること、方々に不義理をしているので、それで困って、やはり逢っていること……。そのおしまいの理由が、おしげによくのみこめないらしかった。くわしく説かれて、いくらか分りかけると、ほっとしたような顔をした。

「それでは、お金がどれくらいあったら、すっかりよくなるんですか。」

「どれくらいって、少しでいいのよ。でもそんなこと、おばさんが心配なさらなくってもいいわ。どうにかなるわ。」

蔦子はそこで初めて笑った。おしげに酒をすすめた。おしげは一杯うまそうに干して、それから、両手を懐につきこんで、長い間かかって、郵便貯金の通帳と印章とを取出した。

「これを、すっかりあげるから、役にたてて下さいよ。わたしがもってるものは、何もかもそれだけだから、役にたつように使うんですよ。」

蔦子はあっけにとられた。おばさんにお金の相談をしたのではないと、いくら云っても、おしげはきかなかった。