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しのぜんご

死の前後

豊島 与志雄

「経済往来」1933(昭和8)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,273 字 · 35 页

青空文庫

やさしくもまた鋭くも見えるその眼の底のものを、坪井は判読しかねて躊躇した。

「では、これからすぐに行って、返事をきいてきてくれないか。」

坪井はいきなり押しつけられて、それに従った。どうにでもなれという気だった。

ところが、先方へいってみると、すぐに主任が自身で逢ってくれた。彼は坪井の説明をきいてから、大体よろしいが、金額の点は一人できめかねるから、後で御返事しようとのことだった。

ただそれだけのことだった。社長は其後、その用件については彼に一言も云わなかった。恐らく先方と直接に話がまとまったのであろう。それから二ヶ月後の年末賞与に、彼は月給の十ヶ月分の包みを貰って驚いた。

「これは特別のはからいだから、内緒にしておいてくれよ。君には今後いろいろ頼みたいこともある。こんな仕事も、次第に面白くなるよ、辛棒し給え。」

社長のその好意が何によるものか、坪井には腑におちなかった。ところが間もなく、例の倉荷証券のことについての、同僚たちのひそひそ話を耳にした。一箱五円五十銭のわりであの証券は他へ担当流れにされてしまったというのである。そうなると、坪井にも凡その想像がついてきた。