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しのぜんご
死の前後
豊島 与志雄
「経済往来」1933(昭和8)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,273 字 · 35 页
無理もありません、まだ若いんですから……。わたしくらいの年になると、役にたってほっとしたという気持が、どんなものだか、ようく分りますよ。そりゃあわたしだって、一日二日は考えました。考えたからって、決して惜しがったわけじゃあありません。ほんとに役にたつかどうか、それが肝腎ですからね。十年間の苦労でしょう。それが役にたてば、誰だってほっとしますよ。もう何にも考えることはありません。わたしはあの娘のために、ほんとに仕合せですよ。」
だが、頭をふりふり、そんなお饒舌をしながら、彼女は泣いているのだった。酒をのんで、眼がどんよりしてくると、足がしびれたらしく、膝頭を両手でもみ初めた。その時にはもう、若い女中はうとうとしていた。おしげは折箱と酒瓶とを片附けて、押入のなかに頭をつきこんで、行李のなかをかきまわして、みち子の美しい芸妓姿の写真を、幾枚も、また改めて、彼女に見せるのだった。それから、床を並べて寝てからも、彼女が眠ってしまうまで、あかずにそれらの写真をみていた……。
若い女中のそうした話が、島村夫妻の心を惹いた。殊には千円余りだと額面まで聞きかじっていた貯金を、そのままにしておくわけにはいかないように考えられた。