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しまでをかたる
死までを語る
直木 三十五
「話」1933(昭和8)年9月号~1934(昭和9)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,739 字 · 85 页
幼稚園時代の極端な、はにかみ屋が、又復活して、これは、その後――今日も猶、つづいている。座談会などへ出ても、自分から中々口を開かないのは、その時からの習慣が、中学を通じて、天性のようになってしまったからである。
この打撃は、可成りひどかったらしく、学校が嫌になって、四年の時には、四番目か、五番目へ落ちた。
だが、父は貧乏の中から、学校だけは、大学までやると、必死になってくれたので、何の不愉快さも残っていないし、不自由さも感じなかった。
然し、家庭での生活は、今、考えると、みじめ極まるものであった。
六
私は、玩具をもった記憶がない、と云ったが、殆ど、間食をした記憶もなかった。いくつ位の時であろうか、家が近いので、学校から、一時間の昼飯時には、帰ってきて食べる事にしていた。遊びたい時分なので、急いで、御飯を食べ終ると、母に
「焦げあるか」
と、飯の焦げた所の残っているのを、催促する。
「ある」
「とっといてや」
と、云って、走って、学校へ行ってしまうが、この焦げた飯を握ったのが、私の間食であった。それから、母は、釜や、櫃の洗った残りの飯粒を、笊へ入れて、天日に干しておいてくれて、これも、私の間食になった。