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じゅんし

殉死

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1943(昭和18)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,737 字 · 21 页

青空文庫

三

三

たしかにそれは事実だった、けれどもそれですべてが決定したのではない。「腹を切って泉下への供をする」という習慣は、そのことのなかに武家の名誉と誇りとがあったと同時に、当然おいばらを切るべき者がおくれた場合には卑怯の名を避けることができない、みれん者といわれ臆病者と云われる、幕府の禁令がきびしく主家にわざわいの累を及ぼすという事実がはっきりしていても、しかし「だから殉死をしない」ということは、世間のおもわくとおのれの良心とのふたつの面から考えて、そうたやすく解決のつく問題ではなかったのである。

因幡守の葬礼がおこなわれた日に庄兵衛はこの墓所へ来た、身のまわりの事はすっかり始末したし、縁組の約束もことわった、かれの口からは云わないにしても、御墓所のお伽に一身を捧げる覚悟だということはあきらかだった。寒気のもっともきびしい季節である、松林にかこまれてはいるが石でたたみあげた塋域は吹きさらしだった、風雪をよける物もなく寒さをふせぐなに物もなかった、庄兵衛はその寒さと風雪にさらされた墓畔に、まったく身ひとつで端坐したのである。はじめ寺僧は夜だけでも庫裡へはいるようにとすすめた、寒さを凌ぐために衣服の上へかさねる物を持って来たりもした。