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ははのじょうきょう

母の上京

坂口 安吾

「人間 第二巻第一号」1947(昭和22)年1月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,655 字 · 33 页

青空文庫

淫売たる彼女が処女のころ、その母が彼女に就てその純潔を更に激しく祈りつゞけたであらうことを、知るや如何に。因果はめぐる何とかと云ふ通り、さういふことは知つても知らなくても、どうでもいゝことであるらしい。虫の如くに可憐である、といふほかに、いつたい何物があるのだらうか。

「お母さんに男があつちやアいけないのかい」

「だつて、をかしいわよ」

「何が?」

「ねえ、オヂサン」

そのとき、娘の笑顔は冴え/\と明るかつた。

「闇屋なんか、よしなさいな。みつともないわよ。オヂサンぐらゐの年配の人は、そんなこと、するものぢやないわよ」

彼も亦、彼女の老いたる母の如くに憐まれてゐるらしい。彼はこのときほど自らの年齢を鋭く突き向けられたことはない。娘はそれを自覚してはゐないのだ。彼女には理知の思想はないのである。たゞ十八といふ年齢の動物的な思想が語つてゐるだけだ。大胆不敵な自信であつた。たゞ本能の自信である。十八といふ年齢が人生の女王であり、そして、それ故、彼女は無自覚な、最も傍若無人な女王であつた。夏川は四十のこの年まで、アヽ齢だ……といふ嗟嘆を自ら覚えたことはない。然し、この時ばかりは理窟ではない、年齢が年齢に打ちひしがれた強烈無慙な一撃に思はず世の無常、身辺に立つ秋風の冷めたさを悟つたものだ。