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ははのじょうきょう

母の上京

坂口 安吾

「人間 第二巻第一号」1947(昭和22)年1月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,655 字 · 33 页

青空文庫

十八の娘は、闇の女でも、花があつた。然し、夏川には、花がない。俺の住むところは、どこなのだらう。冬の枯野なのだらうか、沙漠であらうか。何よりも、俺自身は何者であらうか。何のために生きてゐるのであらうか。

あるとき、夏川は臆面もなく娘を口説いたものだ。これから泊りに行かう、といふわけだ。娘はクスリと笑つて、

「よしてよ。もう、そんなこと、言ふものぢやアないわ」

「だつて、どうせ誰かと泊りに行くのだらう」

「でも、オヂサンとは、だめよ。もう、そんなこと、言つちやいやよ」

「なぜ、だめなんだ」

「なぜでも」

娘は笑つてゐる。それも亦、まぶしいほど爽やかな笑ひであつた。

そのときも、然し、娘はやがてまじめな顔になつて、かうきびしく附けたしたものだ。

「オヂサン。お母さんと関係しちやいやよ」

「だからさ。君と泊りに行かうといふのぢやないか」

ところが夏川はその言葉を言ひ終らぬうちに棒を飲みこんだやうになつてしまつた。娘の顔色が変つたからだ。今にも泣くのかと夏川は思つた。然し、さすがに花柳地に育つた娘で、さうだらしなく涙を見せるやうなことはしない。唇をかみしめて俯向いたが、昔風に言へば、肩が泣いてゐたとでも云ふのであらう。