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ぼしじょじょう

母子叙情

岡本 かの子

「文学界」1937(昭和12)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,355 字 · 153 页

青空文庫

何も人間の判る判らないのに、順序や年代があると決らないでしょう。本を読んだり年を取ったり、体が育ったりするだけでも、その人の感情や嗜好や興味は変って来るでしょう」

「それはそうね。でもその人を貫く大たいの情勢とか嗜好とかの性質は、そう変らないでしょう」

「そうです。それだけに大たいを貫くものにぶっ突からないものは、じきはずれて行くんです」

「それで判ったわ」

「ほんとうですか。書物にだってそうです。自分がその中に書いてあることにむしろ悩まされながら、執着したりかかずらわずにはいられない書物があるでしょう」

「近頃そんな書物に逢って?」

「シェストフですね。シェストフの虚無を随分苦しみながら噛み締めました。だが、西洋人の虚無は、すでに『否定』という定義的な相手があっての上の虚無です。ですから感情的で痛快ですが、徹底した理智的なものとは云えません。と云って東洋人の虚無は、自然よりずっと冷い虚無です。石か木かに持たすべき思想です。そこで僕等は『何処へ行くべき』です」

「あなたの云うそれは、東洋の老荘思想の虚無よ。大乗哲学でいう『空』とか『無』とかはまるで違うのよ。あらゆるものを認めてそれを一たん無の価値にまで返し、其処から自由性を引き出す流通無碍なものということなのよ。