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ぼしじょじょう
母子叙情
岡本 かの子
「文学界」1937(昭和12)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,355 字 · 153 页
芸術という難航の世界、夫をそれに送りつけ、自分もその渦中に在る。つくづくその世界の有為転変を知るかの女は、世間の風聞にもはや動かされなくなっているにしても、しかし、それを通じて風浪の荒い航行中に、少くともかの女のむす子は舵を正しく執りつつあるのを見て取った。健気なむす子よ、とかの女は心で繰り返した。
「やっぱり君の子だ」
夫の逸作は、彼もうれしさを抑え乍ら、はたで鷹揚に見ている態度だった。年少の画学生時代に貧困で巴里留学を遂げられなかった理想の夢を、彼は今やむす子に実現さしている。運命に対する復讐の快さを味わっている。それだけで満足している。
だのにむす子は真摯な爪を磨いて、堅い芸術の鉄壁に一条の穴を穿ちかけている。彼は僥倖というよりも、これをむす子の本能と見るよりしか仕方がなかった。
「やっぱり君のむす子だ」
逸作は、はじめかの女にいった言葉の意味と違った感慨をもって同じ言葉を二度云った。
「なにしろ、芸術餓鬼の子だからね」
するとかの女はからからと笑った。
芸術餓鬼といわれて、怒りも歓びもしないで、かの女のただ笑うだけである笑いには、寒白いものがあった。