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ひかくかがくろん

比較科学論

中谷 宇吉郎

「寺田寅彦――比較科学論」新潮社、1959(昭和34)年4月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,520 字 · 19 页

青空文庫

この時代は、現代の量子力学の基礎をなしているところのド・ブローイやシュレーディンガーなどの論文が出る直前の頃であった。その頃までに、古典電子論は発達の極致に達し、電子の大きさ、剛性、荷電の分布状態などについて、議論は尽きるところを知らず、煩瑣哲学の趣きが、ありありと物理学の上に現われていた。丁度その頃に先生は、この本の第二篇第三章「実在」のところで、次のような記述をされている。

「著者は過去の歴史に徴しまた現在の物理学を詮議して見た時に、少くも今のままの姿でそれ(註、物理学の進歩の経路)が必然だという説明は存しないと思うものである。もし果して然らば物理学の所得たる電子等もいまだ決して絶対的確実な実在の意味を持たぬものであって、これに関する観念が全然改造さるる日もあるであろうと信じている」

と断言されている。

今から考えてみれば、世界中の物理学者がかかって、電子の二次的な性質について、煩瑣哲学的な研究を積み重ねるべく、無駄な努力を払っていたわけである。こういう趨勢の由って来たるところは、電子の粒子性の実験結果に誘導されて、いつの間にか、誰もが電子を、野球のボールを極端に小さくしたものというふうに、思い込んでいたからである。