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みずがめ

水甕

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,082 字 · 26 页

青空文庫

中本は坐ったまま、卓子越しに彼の手首を捉えていました。揺ぎのない力のようでした。その力に彼は手首を任せながら、中腰になって、ちょっと考えました。突然、彼は中腰のまま卓子を廻り、左手を中本の腕に飛ばせました。中本は仰向けに倒れました。

中本はすぐ起り上り、坐ったまま、握りしめた両の拳を卓子について、仁木を見つめました。仁木は突っ立ったままで言いました。

「危いからおやめなさい。僕はあなたに反感は持っていません。危いからおやめなさい。……失礼しました。」

彼は少しく蒼ざめていました。そして静かに室から出て行きました。

淡い月光のなかを、仁木三十郎は歩いてゆきました。

危い危い、と彼は胸の中で呟きました。彼は自分の拳法のことを考えていたのです。それは大陸にいる時に習得したものでした。師匠の言うところに依りますと、昔、伏牛山の小林寺に、達磨大師が易筋経なるものを伝え、その易筋経の中に書かれてるところのものが小林拳法として今に伝えられているのだそうでした。その小林拳法の正統な秘術を、師匠は会得しているとのことでした。そういう師匠について、仁木は修業しました。