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みずごもり
水籠
伊藤 左千夫
「ホトヽギス 第十一卷第二號」1907(明治40)年11月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,600 字 · 10 页
行きたいようにゆき、動きたいように動いてる。父の顔を見母の顔を見姉の顔を見、煮豆佃煮のごちそうに満悦して、腹の底を傾けての笑い、ありたけの声を出しての叫び、この人のためにだれもかれも、すべての憂き事を忘れさせられる。天地の寂寞も水難の悲惨も木綿子の心をば一厘たりとも冒すことはできない。わが身の存在すら知らない絶対無我の幼児は、真に不思議な力がある。天を活かし地を活かし人をも活かすの力を持っている。他目に解せられない愉快な晩餐というも全く木綿子の力である。
あぶないてば木綿ちゃん、という呼び声はこの会食中にばかりも十度も繰り返された。あぶないとは何の事か木綿ちゃんの知った事ではない。木綿ちゃんの行動は天馬空を行くがごとくで、四畳であろうが、百畳であろうが、木綿ちゃんにそんな差別はない。人を活かす力を持てる木綿ちゃんは、また人を殺す力も持ってる。木綿ちゃんが寝ないうちはだれも寝られないのである。もしも木綿ちゃんがわれわれの不注意のために、この水に落ちて死ぬような事でもあったら、少なくも予一人は精神的に死するにきまっている。木綿子はその幼い手足を投げ出して、今は眠りについた。