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みずとりてい

水鳥亭

坂口 安吾

「別冊文藝春秋 第一五号」1950(昭和25)年3月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,705 字 · 62 页

青空文庫

それはお前が軽蔑しているものよりも、もっと軽蔑すべきことだと思わないかね」

それに対して、克子はまずこう答える。

「ツバがとぶわね。食物に」

それからゆっくりと、ゴミをすてるように、火のない火鉢の中へイワシを投げすてる。

「これ待ちなさい!」

父は娘の腕をつかむ。もしくは、つかもうとする。そして叫ぶ。

「今さらゴミよりも軽蔑した手ツキでイワシを投げすててみせても、今まで食べていた意地汚さを打ち消す力にはならないのだよ。むしろ今までの意地汚さを自分で軽蔑したことになるのだ」

克子は顔の血の気をまったく失って立上る。お弁当をとりあげる。彼女はこれから徴用の仕事場へでかけるところだ。

克子は膝の上でお弁当をひらいて、オカズの一匹のイワシをつまみあげて、流しへ抛りだす。一すじの涙がながれ、やがてかすかにシャクリあげるが、クチビルをかみしめて身支度をととのえなおす。

「克子をいじめて、おたのしいのですか」

信子のカン高い叫びが彼を突きさす。

彼は無言である。

「克子を泣かせて、縁起でもない。これから徴用の職場へ出勤という克子を。女子の徴用は男子の出征と同じですよ。一匹のイワシを食べるぐらいが、何様を軽蔑することになるんですって! 私だってイワシよりも棺桶屋を軽蔑しますよ。