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ひょうが
氷河
黒島 伝治
1928(昭和3)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,824 字 · 42 页
反対に、負傷した者を羨んだ。負傷者はあと一カ月もたゝないうちに内地へ送りかえされ、不快な軍隊から退いてしまえるのだ。彼は、内地から着いた手紙や、慰問袋を兵営から病院へ持ってきた。シベリアに居る者には、内地からの切手を貼った手紙を見るだけでもたのしみである。
一時間ばかり後、それを戦友に渡すと彼はアメリカ兵のように靴さきに気をつけながら、氷の丘を下って行った。
「俺もひとつ、負傷してやるかな。」彼は心に呟いた。「丈夫でいるのこそ、クソ馬鹿らしい!」
負傷者の傷には、各々、戦闘の片影が残されていた。森をくゞりぬけて奥へパルチザンを追っかけたことがある。列車を顛覆され、おまけに、パルチザンの襲撃を受けて、あわくって逃げだしたこともある。傷は、武器と戦闘の状況によって異るのだ。鉄砂の破片が、顔一面に、そばかすのように填りこんだ者は爆弾戦にやられたのだ。挫折や、打撲傷は、顛覆された列車と共に起ったものだ。
負傷者は、肉体にむすびつけられた不自由と苦痛にそれほど強い憤激を持っていなかった。
「俺ら、もう十三寝たら浦潮へ出て行けるんだ。」大西は、それを云う時、嬉しさをかくすことが出来なかった。