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ひょうが

氷河

黒島 伝治

1928(昭和3)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,824 字 · 42 页

青空文庫

「そうかね。」

栗本は、ほゝえんで見せた。彼は内地へ帰れることを羨んだ。その羨しさをかくそうとすると、微笑が、張り合いのぬけた淋しいものになる。それが不愉快なほど自分によく分った。

「なんか、ことづけはないかい?」

「ないようだ。」

「一と足さきに失敬できると思うたら、愉快でたまらんよ。」

そこにいる者は、もはや、除隊後のことを考えていた。彼等の胸にあるものは、内地の生活ばかりであった。いつか、持って来た慰問袋を開けていると、看護長がぶら/\病室へ這入ってきたことがある。慰問袋には一ツ/\何か異ったものが入れてあった。寒いところで着るための真綿がある。石鹸、手拭、カキモチが這入っている。高野山の絵葉書に十銭札を挟んである。……それが悉く内地の匂いに満ちていた。手拭には、どっかの村の肥料問屋のシルシが染めこまれてある。しかし、それはシベリヤで楽しむ内地の匂いにすぎなかった。戦友は、這入ってきた看護長を見ると、いきなり、その慰問袋から興味をなげ棄てた。

「看護長殿、福地、なんぼ恩給がつきます?」

栗本には思いがけないことだった。彼は開けさしの袋をベッドにおいたまゝボンやりしていた。