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こおりぐらのにかい
氷蔵の二階
宮本 百合子
「女性」1926(大正15)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,201 字 · 37 页
家具らしいものは何もない。小さい角火鉢のがさがさに荒れたのが、戸棚の前にぽつねんとあった。出がけに脱いで行った志野の綿ネルの寝間着が、衣紋竹に吊下っている。琴一面あるだけで、やっと住んでいるのが女だと察しがつく位の様子であった。――房はやがて、立ち上った。彼女は戸棚をあけると、バスケットの中から縮緬(ちりめん)の財布を出し、外に出かけた。
大露台の隅に、低い流しが据えつけてあった。上のところに二段棚が吊られ、自炊の台所となっている。房がそこで夕飯の仕度にとりかかっていると、ガタガタ下駄のまま階子(はしご)を昇って、志野が帰って来た。人なつこい心持に溢れ、前かけで手を拭きながら飛び出した房と顔を見合わせると、志野は、
「あら私、何だか変だわ、嬉しいみたいな、恥しいみたいな」
と笑い出した。
「人が待っていてくれるところへ帰って来るなんて、まるで珍しいのよ」
房は、志野が袴をぬぐ間傍に立って見ていた。
「ひどい埃ったらなくてよ、外」
「――着物きかえる?」
「そんなしゃれた訳にいくもんですか、ふだん着だって勤め着だって一枚こっきりだわ、私なんぞ。――どうだった? 退屈じゃなかった?」