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くつかけより

沓掛より

寺田 寅彦

「中央公論」1933(昭和8)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,751 字 · 18 页

青空文庫

科学も何も知らないあひるは、本能に教えられて最も合理的な行動をすると見える。人間はどうかすると未熟な科学の付け焼き刃の価値を過信して、時々鳥獣に笑われそうな間違いをして得意になったり、生兵法の大けがをしてもまだ悟らない。科学はまだまだ、というよりはむしろ永久に自然から教えを受けなければならないはずである。科学の目的といえばもともと自然から学ぶということよりほかには何物もないはずであるのに、いつのまにかこの事を忘れ思い上がった末には、あべこべに人間が自然を教えでもするもののような錯覚を起こす。これもおもしろい現象である。こういう思い違いをすることも、しかし何かやはり人間に必要なことであるかもしれない。こういう自負心のおかげで科学が進歩し社会も進展するのかもしれない。

池にはめだかとみずすましがすんでいる。水中のめだかの群れは、頭上の水面をみずすましが駆け回っても平気で泳いでいる。この二つの動物の利害の世界は互いに交差しないと見える。しかし、めだかは人影が近づくと驚いてぱっと一度にもぐり込む。これに反してみずすましのほうは、人間を見ただけでは平気である。