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かわあかり
河明り
岡本 かの子
「中央公論」1939(昭和14)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页
そのことは一目で女には判る。
娘は何か物を喰べかけていたらしく、片袖の裏で口の中のものを仕末して、自分の忍び笑いで、自然に私からも笑顔を誘い出しながら
「失礼いたしました。あの何かご用――」
そして私がちょっと河岸の洋館の方へ首を振り向けてから用向きを話そうとする、その間に私の洋傘を持ち仕事鞄を提げている、いくらか旅仕度にも取れる様子を見て取ったらしい娘は
「あ、判りました。部屋をお見せいたすのでしょう」といったが「けれども……あんな部屋」とまた云って私と向う側の貸間札のかかっている部屋の硝子扉を見較べた。私はやや失望したが、この娘に対して少しも僻んだり気おくれはしない「……あのとにかく見せて頂けないでしょうか」すると娘はまたはっきりした笑顔になり
「では、とにかく、」と云ってそこにある麻裏草履を突かけて、先に立った。
三階は後で判ったことだがこの雑貨貿易商である娘の店の若い店員たちの寝泊りにあててあり、二階の二室と地階の奥の一つ、これも貸部屋では無かった。たった一つ空いているといい、私に貸すことの出来るという部屋は、さっき私が覗いた道路向きの事務室であった。