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かわあかり
河明り
岡本 かの子
「中央公論」1939(昭和14)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页
「明日は、大曲の花屋の前の辺にいます。いらっしゃい」
その若い学者は科学の中でも、過去へ過去へと現代から離れて行く歴史性に、現実的の精力を取籠められて行く人にありがちな、何となく世間に対しては臆病であり乍ら、自己の好みに対しては一克な癇癖のようなものを持っていた。それは純粋な坊ちゃん育ちらしい感じも与えた。
「さあ、明日からはいよいよお茶の水の切り堀りに取りかかりましょう。学校へは少し廻りになるかも知れませんが、いらっしゃい、いいでしょう」
この男が、いいでしょうというときは、既に決定的なものであって、おずおずとは云い出すのだが、云い出した以上、もう執拗く主張して訊き入れなかった。
万治の頃、伊達家が更に深く掘り下げて舟を通すようになったので、仙台堀とも云っている、この切堀の断崖は、東京の高台の地層を観察するのに都合がよかった。第四紀新層の生成の順序が、ロームや石や砂や粘土や砂礫の段々で面白いように判った。もうこの時分、娘は若い学者の測量器械の手入れや、採集袋の仕末や、ちょっとした記録は手伝えるようになっていた。
娘は学者の家へも出入りするようになっていた。