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かわあかり

河明り

岡本 かの子

「中央公論」1939(昭和14)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页

青空文庫

娘も嫌ではなかった。

だが、ある夜遅くあの部屋へ入って、結婚衣裳を調べていて、ふと、上げ潮に鴎の鳴く声を聴いたら、娘は芝居の幕が閉じたように、若い学者との結婚が馬鹿らしくなった。陸へ上って来ない若い店員が心の底から恋われた。茫漠とした海の男への繋りをいかにもはっきりと娘は自分の心に感じた。

一時はひどく腹を立てても、結局、娘想いの父は、若い学者の家には、平謝りに謝って、結婚を思い切って貰った。若い学者はいくらか面当ての気味か、当時女優で名高かった女と結婚して、ときどき家庭はごたごたしている。

「じゃあ、その方には恋ではなくって、学問の好奇心で牽かれて行ったのね。道理で、あなた、河川の事に詳しいと思った」

私は苦笑したが、この爛漫とした娘の性質に交った好学的な肌合いを感じ、それがこの娘に対する私の敬愛のような気持ちにもなった。

「あなた男なら学者にもなれる頭持ってるかも知れないのね」

娘は少し赫くなった。

「……私の母が妙な母でした。漢文と俳句が好きで、それだのに常盤津の名取りでしたし、築地のサンマー英語学校の優等生でしたり……」

娘はその後のことを語り継いだ。