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かわあかり
河明り
岡本 かの子
「中央公論」1939(昭和14)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页
白いノーネクタイのシャツを着て、パナマ帽を冠ったその男も気がついたらしく、そのがっしりした顔にやや苦み走った微笑を泛べながら、寛るやかに足を運んで来た。男は座敷の椽で靴を脱いだ。
「これはこれは、船が早く着いたのかい」
社長もびっくりして少し乗出して云った。
「けさ方早く着いちゃってね。早速、ホテルと君の事務所へ電話をかけてみたが、出ているというので、退屈凌ぎにここへ昼寝する積りで来てたんだが……」ひょっとするとここへ廻るかも知れないとも思った。なにしろ新嘉坡へ来る内地の客の見物場所はきまっているからと云って男は朗に笑った。
私は男がこの座敷へ近寄って来る僅か分秒の間に、男の方はちらりと一目見ただけで、娘の態度に眼が離せなかった。
彼女は男が、娘や私たちを認めて、歩を運び出した刹那に、「あたし――」といって、かなりあらわに体を慄わして、私の肩に掴った。その掴り方は、彼女の指先が私の肩の肉に食い込んで痛いくらいだった。ふだん長い睫毛をかむって煙っている彼女の眼は、切れ目一ぱいに裂け拡がり、白眼の中央に取り残された瞳は、異常なショックで凝ったまま、ぴりぴり顫動していた。