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かじか
河鹿
岡本 綺堂
「婦人公論」1921(大正10)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,671 字 · 12 页
その病中にも人形はまだとどかないかしらと、たびたび繰り返していっていた。そうして熱の高い時には譫語のように人形の口真似をして、パパアやママアを叫んでいたということだ。その娘は末の子だけに、お母さんも格別に可愛がっていたのを、こうして突然に奪われたので、その当座はまるでぼんやりしていると、その娘の三十五日を過ぎたころにヨーロッパからかの人形が到着した。ちょうどこっちの手紙と行き違いになったらしい。
そういうわけだから、家の人達はすぐにその人形を仏前に供えて、死んだ娘が唯一の形見として大切に保存している。人形は元の通りに療治されて、手をあげるに従ってパパアやママアを呼ぶようになったが、その声を聞くとかの女が死際の声を思い出して、さらに新しい哀しみを呼び起されるのがいやだといって、誰もその手を動かすことをあえてしなかった。それでもお母さんの居間に飾られて、かの女が生きている時に好んでいた菓子や果物のたぐいが絶えず供えられているうちに、お母さんもあまりの悲哀の結果か、この後一種の憂鬱症に陥ったので、親類や家族も心配して、すこし転地療養でもさせたらよかろうということになって、箱根のうちでも最も閑静な場所を選んで、総領の娘と女中とが付添って来たのだそうだ。