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ほうえつクラブ
法悦クラブ
野村 胡堂
「小説の泉」1949(昭和24)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,176 字 · 28 页
「お願いですから、映画の終る前に、そっと、私を連れ出して下さいませんか、私は悪者に狙われて居るんです、人を殺すことなどを、何んとも思わない恐ろしい、悪者に――」
耳元の囁やきは青白く顫えました。が、何んと言う、それは素晴らしい音色でしょう。
人間の声帯で作られる肉声の美しさを、此の時私は始めて知ったような気がしました。それは甘えるような訴たえるような、言いようもなく複雑な感情を盛った声ですが、声そのものは純粋で澄明で、血管に注ぎ込まれたアルコールのように、私の五臓六腑に沁み込んで行くのです。
鵞鳥の耳には鵞鳥の声が最も美しく、人間の耳には、人間の声が一番美しかるべき筈です。鴬の啼くのも、蚯蚓の歌うのも、それぞれの異性を呼ぶ唯一絶対の美しい声であるのに、人間だけは生活の為と言い乍らドスを利かせたり、兜町で怒号したり、選挙演説でわめき立てなければならぬとは、何んという浅ましいことでしょう。恐らく数十万年前の人間の声は、異性を呼ぶ時と、異性と争う時の外には殆んど必要のないものだったでしょう。
たまたまその間歇遺伝が、此婦人に現われて、異性なる私の耳に、迦陵頻伽と響いたのかもわかりません。