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はたのてい
波多野邸
豊島 与志雄
「展望」1946(昭和21)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,194 字 · 45 页
「煙草を、どうするんですか。」
「勿論、吸うのよ。」
彼女も縁先に腰掛けて、唇の先で煙をふかした。癖のない細そりした指と、貝殻のような美しい爪との、その手先は、映画女優のそれのようであり、薄い皮膚の張りつめた頬は、蝋細工のようだった。小池は雲の方をやめて、彼女の方を眺めていた。
「煙草なんか吸って、いいんですか。」
「わたしだって吸うわよ。」
「然し、今まで一度も……。」
「遠慮してたのよ。」
そして彼女は、やはり空の雲から眼を離さずに、しみじみと言った。
「なんだか、窮屈になってきたわ。遠慮したり、気兼ねしたり、いつもそうでしょう。それが、こちらの……波多野さんが帰っていらしてから、殊にそうなの。別に、怖いわけじゃないけれど……変ね。」
「波多野さんは自由主義ですよ。あなたが遠慮してるのは、奥さんの方でしょう。」
「いいえ、小母さまには遠慮なんかないわ。」
「それでは、ここの、雰囲気かも知れません。」
「そうね。そんなものが、……帰っていらしてから、はっきりしてきたのかも知れないわ。そうだとすると、わたし、ずいぶん迂濶だったのね。」
「なにが迂濶ですか。」
「そんなことに、これまで、気がつかなかったのよ。